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これまでだってそりゃあもうもう、波乱混乱動乱の連続な人生で、
何度となく死線とやらの上を覚束ない足取りで渡ってきた身。
それでも何とか、生にしがみつくようにして、
数々の修羅場を駆け抜け、様々な事件や騒動を納めてきた彼らであったが。
こたびはまた、想像を超え、現実も越えているような、
何だかとんでもないことが起きたようで。
いくら荒事に縁深くとも 心はまだまだ十代の少女。
その、理解が追い付かないほどの怪しい雲行きには耐えかねたのだろう、
あまりの不安と切なさに マシュマロみたいな胸を押しつぶされたか、
敦ちゃんがほろほろと泣き出してしまったのと丁度同じころ。
「ふ〜ん、じゃあそっちの私は男なんだね。
国木田くんも乱歩さんも、谷崎くんも賢治くんもかい?」
「は、はい。」
砂色の外套にループタイ、
濃い色の内衣とシャツブラウスを合わせているところまでは何とか同じながら、
やわらかい甘い色合いの髪を背に掛かるほどの長さに伸ばしておいでで、
今日のボトムはツィードのセミタイトスカートに黒ストというコーディネイト。
いつぞやに女体化異能に引っ掛かり、(アダムとイブの昔より、参照)
性別を変えられた姿を既に一度見ていたので、
意識が飛びそうな衝撃はなかったものの、
「ボクたちからすれば太宰さんたちの性別が違うらしいって、どうして判ったんです?」
ちょっとややこしい言いようになったため、芥川が小さくため息をついたが。
だったらお前が交渉しろよとイラッとした視線を放った敦へ
そんな拙い言い回しでもちゃんと通じたらしく、くすくすと笑ったこちらの太宰さんは、
「だってキミったら、
あのコンビニ前で話を訊いていた間はずっと、
一旦 私の頭上を見かかってはいちいち視線を降ろしていただろう?」
初対面同士じゃあないその上に、
余程に背の高い人物な筈の“私”との会話、という習慣があった名残じゃないかと思ってね、と。
そうとあっさり見抜いたほどの観察眼はお流石で。
しかも、こっちが男だと判った時点で、
彼女らが捜していたのは女性の同僚だったので “おや人違いのようだね”と離れてくれるかと思いきや、
『人の出入りをそりゃあ厳重に制している此処に居合わせて、
しかもそれだけ似ていて敦くんや芥川くんと関係ないはずがない。』
職務中なのに姿を消したあの二人から連絡もないままなのも気になるし、
本物じゃあないならないで、ならば事情を聞きましょうと、
探偵所の社屋までの同行を求められている。
彼女らの仲間である敦嬢や芥川からは、電子書簡という形でも依然として連絡がないようで、
そういったあれこれを総括した結論として、
こちらでもそれは聡明でもはや神の領域ではという冴えた頭脳を駆使した乱歩嬢が、
チョコプレッツェルを片手に、
彼らは並行世界から強引に呼び出された存在で
こっちの同じ二人と入れ替わってしまったらしいとの結論を出しており。
『入れ替わってるというのがちょっと微妙な要素なのだよね。
おそらく、同じ存在が同じ次元の一か所に居ては空間矛盾が生じて、
核融合が起きた末に爆発を起こしかねないせいだと思うけど。』
『ば、爆発?』
ま、それは起きないから安心してイ〜よーと、あっけらかんと結論付け、
イチゴ味のプレッツェルを頬張ってしまわれる。
「入れ替わったというなら戻るときはキミらを目指して帰って来るのだろうから。」
「そうだね、それまでは此処に居るといい。」
「あ、ありがとうございますっ。」
彼女らの傍にいたのは女の子の自分たちだと言われ、
だったらやっぱり此処って別人がいた場所だという理屈になろう。
となると、
まだよくは理屈が判らないながら、此処には身の置き場がないよなものなのだし、
もしかして日本語は通じるが全く遠い外国か何処かへ飛ばされているようなものらしいので。
放り出されたらかなり困ることになりはしないかと狼狽しかかってた敦としては、
大きに頼れる人たちでもあり、助かったには違いない。
互いの身の回りに関してのいろいろな話をしておれば、何かと重なっていることも多く。
だが、
「だって早く戻してやらないと、
ウチの敦くんはパニック起こすと泣き虫になっちゃうそりゃあ可愛い子なのだよ。」
「な、泣き虫?」
違うところもあるんだなぁとちょこっとびっくり。
キョトンとしている敦の反応へくつくつ笑ったそのまんま、
太宰さんがいかにも婀娜っぽい流し目で、敦の横で足高に膝を組んで座すもう一人を見やり、
「そっちの芥川くんも勝手に出てくのなしだからね。」
「う。」
やや伏し目がちな目許になっての見定められ、ズバリと指摘されたその途端、
飲み下せぬものでも突っ込まれたかのよにギクリと表情が停まった辺り、
澄まし顔だった腹の底ではその気満々な黒獣の主様だったようで。
そんな彼へと畳みかけるよに、
「独断専行はウチの龍之介と一緒のようだね。
警戒心からとはいえ一体どこへ行くつもりだったんだい?」
値踏みするよな顔になっているということは、
どういうつもりかと訊きながらも ある意味 期待混じりな問いかけであるらしく。
ちょいと意地の悪い笑みを浮かべているお姉さまへ、
「状況を把握するべく俯瞰で見られる位置へ身を退けようと。」
渦中に居たままでは翻弄されるばかり、なので一旦離れようと思いましたと応じたところ、
「う〜ん、大まけにまけて30点ってとこかな。」
残念でしたと太宰嬢は小粋に肩をすくめる。
辺りを一気に刈り取らなくなったのは進歩かもだけど、敦君を連れててそりゃあないないと、
「敦くんへ ちゃんと心づもりを話してた?
万が一にもはぐれた場合、キミのことは何も知らぬと言えるよう、
何も教えてなかった…じゃあ済まないよ?」
だって相手はこの私なんだしねと、それこそどこからくる自信からか容赦なくやり込める彼女へ、
相性の問題は逃れ得ないものか、ううと言葉に詰まった漆黒の覇者殿ではあったが、
“…えっとぉ。”
こっそりそんな彼女を見やった敦には、別な感触が望めてもいて。
つけつけと意見している割に、やさしい目許をする太宰さんな辺り、
こちらの芥川を表向きには冷たくあしらいつつも、本心ではかわいい弟子だと思っている部分、
自分たちが知る太宰さんと同じであるらしい。
というか、
「貴方たちが最近は仲がいいのは知っている。」
「え?」
やや端とした話し方には覚えがあったが、
その覚えの相手は 鈴を鳴らすよな声音のあの子だった筈なのに。
今聞こえたそれはどちらかといや男の子の声であり、
誰だろうかと顔をそちらへ向ければ、
古典風とでもいうものか、ややクラシックな渋い色目の袷と袴に、
内着の襟元が和装の斜めに合わさった胸元から覗く、
大昔の書生さんのようないでたちをした黒髪の男の子が立っており。
はてと小首を傾げた敦へ、太宰嬢がふふんと微笑う。
「鏡花くんだよ、キミのところには居ないかい?」
「えっ?」
言われてみればと、凛としたお顔をついつい凝視してしまい、
さすがに照れたか菫色の瞳を含羞に揺らした男の子は、
そのまま芥川へ視線をやってから、
「非番の日は一緒に出掛けるほどには、仲良し。」
「あっはっは、何だ、あっさりばれていたのだね♪」
まあ、敦くんは隠しごとが苦手だからねぇと、
それは朗らかに言う太宰さんなのへ、
少し離れた壁へ凭れて立っていた、こちらの中也さんがむむうとお顔をしかめたのへも、
「帽子の姐様と仲良くなったのも隠しきれてないし。」
「わあぁ。///////////」
其れって向こうの鏡花ちゃんにもあっさり見抜かれてるってことかなあと、
あたふた真っ赤になっておれば。
何故だかそわそわしておいでだった、それは蠱惑的なお姉さんの中也さんから、
今度はじっとり睨まれてしまった、虎の子くんだったのでありました。
◇ ありがちな閑話休題 ◇
ああああ、なんて凛々しい御姿か。
女性の先輩もほっそりしたお姿がそれは神聖で儚げで、
ふわっふわな猫っけを中原幹部に丹精されてる様子なぞそれは愛らしく。
だのに必殺の羅生門を容赦なく行使なさる姿なぞ、
臈たけたというべきか危険な色香が匂い立つような冷ややかな魅力に満ちておいでで。
私なんぞのン倍もお強いながら、
それでも男女のことや色事には疎くて警戒心がなさ過ぎるのが危うくて。
銀くんと一緒に先輩のそういうところは私たちで守らねばと誓ってた。
(ただ、時々 私自身も危険人物特定された。解せぬ。)
特に、勝手にマフィアを離脱したくせに
時々姿を見せては先輩を動揺させていた太宰元幹部には、
出来得る限り警戒しまくったにもかかわらず、
どんな狡知で隙を突いたか、気が付けば妙に仲良く共闘なんぞしていたりして、
先輩とのこじれまくっていたはずな縒りを戻したっぽくて。
自殺に裏切りにとロクでもない風評しか聞かない女だというに、
あの義に厚い中原幹部が蛇蝎のごとく嫌ってた女なのに、
巨乳だからか? 疲れ切った体を受け止めてくれる柔らかい胸だからか?
そんなこんなと、波乱の運命に弄ばれる、
いかにも悲運そうな儚げな風貌に庇護欲を刺激されまくっていたものが、
ななな、何ということでしょうっ
こんなにも凛々しい、それでいて妖しいまでの美しさをたたえた、
それは冴えたる美青年になってしまわれただなんてっ。
こうまでの玲瓏透徹な美形となってしまわれては それはそれで、
そうそう、こちらも最近頬くっつけて微笑い合うほどに仲良くなっていた
あのロリロリの人虎が傍にいるのは危ないんじゃないかと案じたが、
同じように男になってて安堵したものの、あの人間失格女が傍にいるのはよろしくなかろう。
あああ、先輩〜〜〜!! そんな包装紙だけ女に 粉かけられちゃあなりませんてばっ!
「五月蠅いぞ、樋口!」
「はい、先輩すみませんっ。」
「…樋口さんは男の人になってても変わらないんだねぇ。」
to be continued. (18.02.24.〜)
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*同じころの新双黒側の混乱ぶりを少々。
同じシナリオが進んでいる筈なので、どっちもを書く必要はないかなと思ったのですが、
男女逆転っぷりをもうちょっと書いてみたくなりましてvv
樋口さんが男の人になったらどうなるのかなと考えてみましたが、
先輩厨は変わらないのなら、まあこんなもんかなと。(…芥樋派な方、すみません)

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